――遂にこの日が来てしまったんだわ。

マグナスの腕に自分の手を絡めながらエミリアはそう思った。ポーチの前では美しいドレスに身を包んだ婦人たちと、上等な燕尾服を着た紳士たちがそれぞれお互いを懐かしみ合ったり、最近の噂話に花を咲かせていた。

エミリアの胸を燻るのは期待よりも不安が大きい。いつかマグナスが言ったように伯爵夫人としての最初の課題でもあるからだ。
深呼吸を繰り返し、見上げた邸は壮大で厳格としか言いようがなかった。双頭のライオンの彫刻が頂点にある門からポーチまではかなりの距離があり一本道の両脇には針葉樹が一ミリの狂いもなく真っ直ぐに並んでいる。それを抜ければ道が三本に分かれ、一本はポーチへと続く道、もう一本は庭園へと続く道、最後の一本は裏手に続く道となっている。
ポーチへと続く道もかなり凝った作りになっており、小橋を渡り少し曲がると庭園を一望できた。ぼんやりとした月明かりに照らされた庭園は幻想的でエミリアは暫し、その美しさに見とれながら言葉を失った。
ラグバード公爵が15世紀に造られた邸を買い取り、改築を始めたのはもう何年も前だという。去年やっと住めるようになってからは、夫妻の一番のお気に入りの邸らしい。
当時の面影を残したゴシック様式の城は堂々としながらも優雅な佇まいを見せていた。城と呼ぶに相応しい屋敷には塔もあり、今にもそこに幽閉されている美姫を助けようと森から勇敢な騎士が飛び出してきそうだった。外観だけ見ればまさに中世にいるような錯覚さえ起こす。

「疲れたか?」

気遣うようなマグナスの声に、エミリアは首を振った。剥き出しの肩に薄手のストールが掛けられる。
馬車に揺れながらの旅は思ったよりも大変ではなかった。ラザフォード領から今夜のディナーパーティーが開かれるここ、マックリン・マナーとの距離がそれ程なかったというのもあるが、道中マグナスが細心の注意を払ってくれたことも大いに関係していた。マグナスは道中でエミリアの緊張を紛らわそうと様々な話をしてくれたのだ。
爵位に見合うだけの金を持っていないのに、我こそ英国一の紳士だと豪語する男。スキャンダルにより奥方の怒りを買い、遂には社交界に姿を見せなくなった男。社交界の華に近づいたが、次の日には誰もが噂するような酷い振られ方をした鷲鼻で赤ら顔の男。時々皮肉を込めながらの話で思う存分笑ったエミリアはいつの間にかすっかりリラックスしていた。
馬車の中が無言であったのなら、今頃エミリアは立つことすらままならない程緊張していたに違いない。
まったく緊張はしていないと言えば嘘になるが、少なくとも昨日までみっちりと詰め込まれた貴婦人としての教えを忘れるまでとはいかなかった。ミセス・タリスから太鼓判を貰い、髪型もドレスも流行のものにした。エミリアが恐れるものなど何もないのだ。
御者が馬車のドアを開け、マグナスが始めに降りる。そしてすぐに差し出された手にエミリアは自分のそれを重ねた。
――今夜のマグナスはまるでエミリアを守る騎士のようにも見える。しっかりと握られた手が、真っ直ぐにエミリアを見るグレーの瞳が何も心配ないと語っていた。
彼の腕に自分の手を絡めるだけでこんなにも穏やかな気持ちになれるのはとても不思議であった。
マグナスに気付いた何人かの女性たちの視線が容赦なくエミリアに突き刺さる。その目が一体何を言いたいのかすぐに分かったが、エミリアはちっとも気にしなかった。噂話など覚悟の上だ。ここで傷ついても伯爵の品位を落とすことになってもプラスにはならないだろう。エミリアは背筋を伸ばし前を見ることに集中した。

玄関には来客を案内する召使がずらりと列を作っていた。マグナスが名を告げると先頭に立っていた召使がマグナスとエミリアに恭しくお辞儀をし、中へと案内する。
小型のエントランスホールの床は白と黒の市松模様で、壁には中世を思わせる甲冑や槍などが配置良く飾ってある。上を見上げると教会のように天井がアーチを描き、柱の上にある見事な彫刻が目についた。それは獅子であったり、鷲であったり様々だがどれも見る人に畏怖を与えるという点では同じだろう。
昼間はそこから陽の光を取り入れているらしく、大きな天窓からは半分雲に隠れた月が見える。その周りを縁取る小さな四角の中にどれも違った模様が描かれているのにはとても驚いた。全てを見るのには何年もかかりそうだと、エミリアは密かに溜め息を吐いた。

応接間に着くと、ドアを開けた執事が部屋中に響く声で言った。

「ラザフォード卿ならびにラザフォード卿夫人!」

その瞬間、今まで人の喋り声が飛び交っていた部屋のなかが水を打ったように静かになった。紳士から婦人までどこか緊張した面持ちでマグナスとエミリアを見ていた。
途端に不安になったエミリアだったが、マグナスは何も言わず中央に座っている女性に向かって真っ直ぐ歩きだした。エミリアもそれに続き、震えそうになる足を必死に叱咤しながら前に進んだ。

「本日はお招きくださりありがとうございます、ラグバード卿夫人」

マグナスの優雅な礼にラグバード卿夫人はにこやかな笑みを返した。エミリアに対しても温かい態度を崩さず「今日は楽しんでくださいね」という優しい言葉も掛けてくれた。
今回のディナーパーティーの主催者である夫人にそう言われたからには、客もそれに倣わなくてはいけない。夫人の一言で漸くぴんと張った糸が緩んだかのようにまたお喋りが再開された。
その後何人かの客が二人に挨拶にやってきたが男たちは思惑を込めた、女性たちは嫉妬を含んだ視線で二人を見ていた。表面上は何事もなく穏やかな会話を進め、適当なところで切り上げる。エミリアにはまだまだその手腕が足りないと思ったのか会話の殆どはマグナスが務め、彼女はただ相槌を打ったり笑顔で頷くだけで済んだ。
正直に言うと何を話題としているのかエミリアにはさっぱりだった。どこぞの侯爵の馬が、伯爵夫人の愛人が、ホワイツに新しいメンバーが、とまるで分からない単語が次々と行き来するからだ。まだチェザース・ハウスにいた頃、メリッサの付き添いで何度か高貴な夫人方のお喋りに耳を傾けたことはあるがその時とは比べ物にならない。
引っ切り無しに近づいてくる客たちに段々と笑顔でいることにも疲れを感じていた時だ。エミリアとマグナスの前に一人の紳士が現れた。

「やあ、マグナス。ディナーも始まっていないというのに相変わらずの人気者だな」

物腰の柔らかいその男は、端整な顔に人好きのする笑顔を浮かべて言った。

「何の用だリチャード」
「長年の友人に向かって何の用だとはないだろう?僕もディナーに招かれている一人だというのに」

マグナスの冷やかな声にも大袈裟に肩を竦めてみせるだけで流す様は、本当に彼がマグナスの友人である証拠であった。大抵の人間はマグナスの持つ雰囲気に逃げ腰になるからだ。対するマグナスも口ではそう言っているが、彼と話す口元がさっきよりも随分やわらかくなっていることにエミリアは気付いた。
金色の巻き毛に青い瞳、マグナスとはまるで正反対の雰囲気を纏ってはいるが案外気が合う二人なのかもしれない。
エミリアの視線に気づいたのか、マグナスを見ていた青い目がエミリアに向く。その表情にはこれ以上ないというほどの笑みが浮かんでいた。

「漸くお目にかかれました、ラザフォード卿夫人。どうやら友人は僕のことをあなたに話していなかったようですね」

なんと嘆かわしい、と言わんばかりにリチャードは演技がかった手振りで額に手を当て、エミリアがくすくす笑う傍らでマグナスは眉を顰めた。
リチャードは基本的に誰にでも好かれる男だ。心の中ではどうだか知らないが、始終笑みは絶やさないしウィットに富んだ話も上手い。どこか女性的な容姿はマグナスのように鋭くなく、初めて会う人間にも警戒心を抱かせない。
それはリチャード特有の処世術だと知っていたし、マグナスには到底真似できないと呆れたこともあった。
だが、今夜初めて会ったはずのリチャードが簡単にエミリアの笑顔を引き出したのは大きな不満となった。チェザース・ハウスの階段で彼女と初めて――実際は二度目であったらしいが――会ったとき、エミリアは笑顔どころか嫌悪すらその顔に滲ませていたのだから。
もっとも、対するマグナスもエミリアに対して友好的であったかと聞かれば全くそうではなかったのだが。

「リチャード・スタンウェルだ。私の大学時代からの友人で、現キングスリン侯でもある」

リチャードにせっつかれ、しぶしぶといった風にマグナスはリチャードを紹介した。

「お会いできて光栄です、キングスリン卿」
「友人であるマグナスの奥方も当然僕の友人です。どうぞリチャードとお呼びください」
「ええ、是非次の機会に」

エミリアの返答にリチャードは表情にこそ出さなかったものの、内心面喰っていた。リチャードは口説き文句として今のような言葉を度々使っていた。親しくなるには先ずお互いの名前を呼び合うことからが彼の信条なのだが、その時の女性が未婚ならば恥ずかしげに頬を染め、既婚ならば彼の言葉の真意を測り妖艶な笑みで名前を呼んでくれた。
だがエミリアはそのどちらでもない。笑顔のままリチャードの言葉を綺麗に流した。この反応は新鮮でとても面白い。
次いでマグナスの方を向いたリチャードは口元に笑みを隠すことができなかった。――これはこれは。
マグナスは今は烈火のごとく鋭い目でリチャードを睨んでいるではないか。長年の友人はリチャードが人妻を口説くときに使う言葉を熟知していたのだ。氷のように冷たいグレーの瞳に嫉妬の炎が宿る。まさに嫉妬としか言いようがない色だ。
もし数年前にマグナスの最初の妻、サリアナにリチャードが同じ手法で誘ったとしても彼はここまで不快感を露わにはしなかっただろう。それどころかさりげなく二人から離れ、リチャードの戯れに手を貸すことも充分ありえた。
貴族にとって愛人を持つことも一種の義務(オブリージュ)だ。男としての地位を高める為に女としての魅力を求める為に、夫婦はスキャンダルにならない程度の浮気を容認する傾向がある。マグナスの両親は勿論、リチャードの両親にも愛人はいた。貴族にとっては普通のことなのだ。
だが、今のマグナスの目は今夜誰かエミリアを誘う男がいたら、その場で決闘しかねないくらいの気迫だ。
――マグナス、君はもう後悔し始めてるんじゃないか?
応えのない問いかけを心の中で何度もする。先日リチャードの邸を訪ねてきたマグナスは言った。ダニエルの為に奥方と結婚したと。だがもうそれだけじゃ説明がつかないところまできている筈だ。
プライドが高い彼のこと、簡単には認めないだろう。しかしリチャードには分かった。マグナスの凍りきった心をエミリアは確実に溶かしているのだと。
こんなにもあのマグナスを惹きつけて止まない女性。リチャードはますますエミリアに興味を持った。見たところ特別秀でたところはない。容姿ならここにいる何人もの夫人が彼女より優れている。知性はありそうだが、それだけが決め手とは言い難かった。
今夜それを調べる時間は存分にある。何故なら――リチャードはまたもや今夜自分が仕掛けた罠を思いますます笑みが深くなった。

「お食事の準備が整いました」

執事の声で部屋にいた男たちが今夜のパートナーをエスコートする為に女性たちの近くに寄った。パートナーは予め公爵夫人によって決められている。男女交互の席だからといって、必ずしも夫婦がパートナーになるわけではない。
マグナスがエスコートするのは確か去年社交界にデビューしたばかりの子爵令嬢だ。はっきり言って話術に長けていない令嬢との会話は疲れるばかりだが、それも致し方ない。
エミリアの相手は確かオールダム卿だ。彼は愛妻家として有名だから心配することは何もないだろう。会話も上手く、社交界に慣れていないエミリアでも緊張せずに話すことができるはずだ。
子爵令嬢を視界に捉えたマグナスが無事オールダム卿と落ち合ったか確かめる為にエミリアの方を振り向いた時、リチャードが笑顔で彼女に腕を差し出しているところが見えた。
考えるよりも早く、足が動いていた。ものの数歩でリチャードのところまで行くと今にも彼の腕に手を掛けそうなエミリアの手を強引に掴む。

「リチャード、君の相手はエミリアではないはずだ」
「悪いが間違いじゃないよ。変わってもらったんだ」
「変わってもらった?」

リチャードの有り得ない返答にマグナスはぐっと眉間に皺を寄せた。
エスコートのパートナーを決めるのは主催者である公爵夫人の役目だ。客が簡単に変更していいものではない。
しかしマグナスの鋭い視線を受けてもなお、リチャードは飄々とした態度を崩さない。

「別に卑しい手を使ったとか、オールダム卿を脅したとかそういうんじゃない。公爵夫人にお願いして変わってもらっただけさ。まあ、彼女の機嫌を取る為に一週間邸に滞在するという約束はされたけどね」

マグナスは天を仰ぎたくなった。公爵夫人はこの人懐っこい青年が事の他お気に入りだった。娘たちは嫁いでいき、次代の公爵である息子は田舎嫌いでロンドンから出たがらないと聞く。
そんな中でリチャードの気品がありそれでいて人を飽きさせない会話を聞く為に一週間邸に滞在させるという魅力的な約束の前では、一夜のパートナーの変更など大きな事ではないのだろう。
リチャードが相手をしてくれると思っていた婦人にはとんだ災難ではあったが。

「いいか、くれぐれも変な気は起こすな」
「君の奥方にか?まさか。まだ死にたくはないからね」

苦虫を噛み潰したような顔でマグナスはリチャードに言ったが、それすらこの友人にどこまで通じたのか分からない。何せ無表情がマグナスの仮面だとしたら、リチャードの笑顔はその上をいく鉄仮面だからだ。
部屋に入る順番が来た為に仕方なく子爵令嬢に左腕を差し出したが、意識は後ろにいる二人に集中したままだ。隣にいる女性がマグナスの顔を見た瞬間さっと頬に紅を走らせたことにすら構っている余裕もなかった。







*






「それで、ダニエルとは上手くやっているんですか?」
「ええ、お陰さまで。毎日が発見と驚きの毎日です」

リチャードとの会話はまったく当たり障りのないものだった。彼はエミリアのことを主に尋ね、ときどき自分が遭遇した信じられないような出来事を面白おかしく話してくれた。
改めてリチャードの顔を見るとマグナスとは違った美貌だということも分かった。マグナスがギリシャ彫刻に例えられるのなら、リチャードは絵画から抜け出してきたような繊細さを持つ。想像しなくても大層女性たちからの人気も高いのだろう。
現にリチャードの右隣に座っている女性はさっきから彼と話したくて仕方ないようだった。ちらちらと意味ありげな視線を送るがリチャードは適度に話を振る以外はほぼエミリアと話している為、女性には大いに不満なのだろう。
リチャードの方を向くと否応なしに女性の突き刺さる様な視線を感じる為、エミリアは無作法だと思いながらなるべく食事に集中することにした。幸いなことにエミリアの左隣の男性は無口なようで、一応会話の相手を勤めるが殆どが一言で終わる様なもので助かっていた。

ふとマグナスが気になりそちらに目を向けると、可愛らしい令嬢が一生懸命マグナスの気を引こうと話しかけているところが目に入った。表情は変えていないが紳士として女性を楽しませているようだ。時折嬉しそうに令嬢の頬が紅潮していた。
一体何の話をしているのだろう、と一瞬頭を過った考えをエミリアは慌てて打ち消した。他人の会話を気に掛けるだなんて淑女としてはしたないことこの上ない。だが気にしないようにすればするほど、神経が研ぎ澄まされてしまうのだ。
こうして離れて見てみると、マグナスはやはり女性にとって魅力あふれる男性なのだろう。家庭教師であった頃から、マグナスの噂は絶え間なく彼女の耳に入ってきていた。彼の一夜の情婦になろうと社交界で何人の貴婦人が名乗りを上げたか知れない。
現にマグナスに結婚を申し込まれたハウスパーティには、彼の花嫁になりたいという女性たちがたくさん集まったではないか。どの女性たちも家柄、容姿共に優れ伯爵夫人を名乗るのに相応しい人たちばかりであった。
そう、例えば今マグナスの隣で微笑んでいる令嬢のような。
ちくりと胸を刺す痛みはこれで何度目だろう。ただ段々と痛みの面積を広げていくのは確かであった。

「彼らが気になる?」

隣から聞こえた声にエミリアははっとした。リチャードは相変わらず口元に柔らかい笑みを浮かべ、的確にエミリアの痛みを突いてくる。

「気にならないと言ったら、嘘になりますけど……」
「マグナスと違って奥方は随分素直な方だ。ぜひその言葉を彼に聞かせてあげたい」
「けど、気にしないことに決めたんです」

リチャードのはっきりとした指摘に、もやもやとした霧のようなものが一気に拡散していく。
この前決めたではないか。自分を卑下せず、マグナスの求める妻であり続けようと。ふとした瞬間に他の女性に感じる嫉妬はエミリアに劣等感がある限り恐らく消せないだろう。
だが数日経った今でも、マグナスの言葉を思い出すとそれだけで幸せな気持ちになれた。だったらその期待に応えたい。家柄や容姿ではない何かで彼を支えていきたい。
それは友情とは少し違っているような気もしたが、エミリアの心の中に今強く根付いている気持ちであった。

「気にしない?それは無理して気持ちを抑えているということ?」
「いいえ。そうではなくて、自分と向き合ったんです。そうしたらマグナスの為に私にしかできない事があるはずだって思えるようになったんです。今夜の彼のパートナーはあの令嬢ですもの。気にしてもどうしようもないでしょう?」

一瞬ぽかんとした表情でエミリアを見ていたリチャードは突然、堪え切れないと言ったように笑いだした。それまで会話を続けながらも一定の静けさを保っていた室内にリチャードの笑い声が響く。
客たちの視線を集めながら一頻り笑ったリチャードは恥ずかしげに俯くエミリアとは正反対に、気にした様子もなく魅力的な笑顔を振りまきながらこう言った。

「おっと。美しいレディたちの視線を頂けるのは大変光栄なことですが、どうぞ淑女の皆さま、お隣に座っている麗しのパートナーにもその女神のような視線を向けて差し上げて下さい。でないと私の心臓が持ちません」

静まり返った室内に朗らかな笑い声が溢れた。リチャードのとっさの機転で彼らの意識が元に戻った事は確かだ。元はと言えばリチャードの少し大きな笑い声が原因なのだが。
エミリアが恨みがましい視線を向けると、リチャードは「お許しを、マダム」と例の演技がかったしぐさでエミリアに謝罪をする。何故か憎めない彼の態度にエミリアは呆れたような溜め息を零しただけで、リチャードを許すことにした。

「久しぶりにこんなに愉快な気持ちになりました。お礼を申し上げたい」
「……素直に喜んでいいのか分からないわ」
「おや。僕なりの最上級の褒め言葉ですよ。確かにあなたはマグナスの奥方としてこれ以上ない人物だ」

今までどこかゆるやかに話していたリチャードの声色が急に真剣みを帯びる。周りが和やかに食事を進めている中で、エミリアは遂にその手を止めリチャードの顔を見た。
相変わらず口に笑みを浮かべてはいたが、海のように深く、空のように澄んだ青い瞳は見たことがないほどの優しい色を湛えていた。

「キングスリン卿?」
「いえ…魅力的な女性だと思いまして。マグナスの奥方でなければすぐにでもお誘いしたいくらいだ。どうか今の言葉は内密に」

――途端に真っ赤になるエミリアの薄茶色の瞳を注意深く観察しながら、リチャードは思った。
マグナスが心から愛する女性はあなたに違いない、と。







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